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西蓮寺ご案内|西蓮寺 - 浄土真宗本願寺派(西本願寺) 西蓮寺ホームページへ

ごあいさつ

西蓮寺住職:艸香 雄道

西蓮寺 住職 艸香雄道

 ようこそ、お参りくださいました。当山は、浄土真宗本願寺派(本山は西本願寺)のお寺です。

 かつて、「お寺は風景に過ぎなかった」と言った人がいます。立派な建物はあっても、信仰の場、生きている寺となっていないということでしょう。

 私は、「不信心で」とか、「宗教にはまったく関心がない」とか、言われる方はたくさんいます。私は、人は何かしら、支えがなければ生きてゆけないと思います。何が支えとなるかは、人それぞれでしょう。「あなたにとって、大切なものは何ですか?」と訪ねると、たいていの人は、健康、家族、お金、生きがいなどと答えるそうです。

 しかし、同じ質問をヨーロッパですると、必ず一番にあげるのが「信仰」だそうです。その次に、健康とか、家族とか、生きがいと続くそうです。

 健康も家族もお金も生きがいも、みんな大切なものです。しかし、これらは最後まで、私のもとにあるのでしょうか。これら、すべてが無くなっても生きてゆくことができる。これが、信仰の支えです。一人でも多くの方に、浄土真宗の教えを届けたくて、このホームページを開きました。


西蓮寺 住職・本願寺派布教使

艸香 雄道(くさか ゆうどう)

誕生日:昭和32(1957)年8月5日

座右の銘
  • 学佛大悲心(佛の大悲心を学ぶ)
    中国唐代の善導大師(ぜんどうだいし)の言葉です。
趣味
  • 音楽鑑賞(MISIAファンクラブ会員、年に3度はコンサートに行きます)
  • ゴルフ(90前後)
  • 文具店めぐり(万年筆が大好きです)
好物
  • 甘いもの(洋菓子、和菓子何でも)
  • お酒は少々(これほんと)
歩み
  • 龍谷大学時代は弓道部に所属。(四段)
  • 中学校教員(社会科)を12年勤める。
  • 退職後、京都中央仏教学院にて、浄土真宗の教えを学ぶ。
  • 現在は、西蓮寺住職として、念仏の教えを一人でも多くの人に伝えるために、法務にいそしむ。また、本願寺派布教使として、お説教にも出かける。
家族
  • 妻(坊守)、長女、次女、三女、長男の6人家族。

西蓮寺について (平成27年1月9日現在)

名称
清凉山(せいりょうざん)  西蓮寺(さいれんじ)
所在地
群馬県藤岡市藤岡1625番地 >>地図
宗名
浄土真宗本願寺派(東京教区 群馬組所属)
住職
艸香 雄道(第4世住職)
在職:平成11年10月23日~現在
坊守
艸香 千里

西蓮寺

西蓮寺の歴史

 平成27年のNHK 大河ドラマは「花燃ゆ」でした。 吉田松蔭(よしだしよういん)の妹「(ふみ)」(ドラマでは、井上真央)が主人公です。文には、「寿(ひさ)」(優香)という姉がいました。寿は、松下村塾の塾生「小田村伊之助(おだむらいのすけ)」(大沢たかお)の妻となります。小田村伊之助は、藩命により「楫取素彦(かとりもとひこ)」と名を改めます。明治9年(1876年)に、初代県知事(当時は県令)として群馬に赴任してきました。

杉家家系図 寿は主君に伴って、この上州の地に移ってきました。寿の父は杉百合之助、母は杉滝です。母親滝は浄土真宗の熱心な信者だったそうです。母の影響で寿も信仰が厚く、自らお堂を建てお坊さんを呼び、毎月二回の聴聞(法話を聞くこと)を欠かさなかったといわれています。

 安芸広島から長州山口にかけての地域は、浄土真宗の信仰が大変盛んで、真宗寺院が数多いところでした。ところが群馬にやってきますと、浄土真宗の寺はほとんどなく、自らが聴聞する寺も近くにはありませんでした。念仏のみ教えを生きる支えとしていた寿が、一人でも多くの人に、浄土真宗の教えにあって欲しいと願ったのは、当然な事であったでしょう。

 当時、京都西本願寺の御門主は、第21代明如上人(みようによしようにん)大谷光尊(おおたにこうそん))でした。寿は夫の楫取県令にも相談し、早速手紙を書いて開教の必要性を訴えます。この熱意が通じ、山口から開教使が派遣されます。小野島行薫(おのじまぎようくん)を中心として、ともに群馬・埼玉地域の布教活動を進めることになったのが、当山の開基艸香唯道(くさかゆいどう)です。

 小野島と唯道は、宗教結社『酬恩社(しゆうおんしや)』を組織し、前橋説教所を拠点として、講員を増やすべく活動を進めていきます。この背景には、明治政府が行った廃仏毀釈(はいぶつきしやく)がありました。当時、本願寺の執行長として政府に信教の自由を強くはたらきかけたのが、同じ長州出身の島地黙雷(しまじもくらい)でした。島地黙雷は、岩倉具視(いわくらともみ)遣欧使節団員として、伊藤博文らと欧米の政治、文化、宗教事情を学んでいました。『酬恩社』の活動には、楫取寿、島地黙雷らの後押しがありました。

 当時、藤岡地方には、真宗寺院が一ヶ寺もありませんでした。小野島行薫、艸香唯道らの尽力によって、明治10年(1877年)藤岡に本願寺の説教所として念仏の道場ができます。そして、明治13年(1880年)清凉山西蓮寺となり、現在にいたっています。そこには、楫取寿の強い願いがあり、その願いが形となっていったのでした。

(以上のことは、平成20年発行の西蓮寺史『遠慶宿縁(とおくしゆくえんをよろこべ)』に詳しく記載されています。)

お寺の行事・活動

詳しい日時や行事の様子などは、ブログにてご報告いたします。

常例法座
「ほのぼの法話会」/毎月22日 午後1時30分から
法要
春季彼岸会法要/毎年3月22日 午後1時30分から
永代経法要/毎年5月22日 午後1時から
秋季彼岸会法要/毎年9月22日 午後1時30分から
報恩講法要/毎年11月27・28日 午後7時・午後1時から
年間行事
元旦会/毎年1月1日 午前10時から
子どもの集い/毎月第2土曜 午前9時から
いきなりはじめる仏教入門/毎月10日 午後3時から
旅行
親和会・聖徳太子奉讃会主催研修旅行/年1回
発行物
葉書「西蓮寺だより」/毎月配布
寺報「はすいけ」/年4回発行

教化団体

親和会
目的 本会は、西蓮寺発展に寄与するとともに、会員相互の親睦をはかり、また会員及び家族に事故ある時には、見舞い及び弔慰を行うものとする。
西蓮寺 秋の旅行「東北の紅葉と盛岡願教寺を訪ねて」
西蓮寺 秋の旅行 2泊3日
「東北の紅葉と盛岡願教寺を訪ねて」
設立 昭和52年12月1日
会員数 22名
主な活動など 歴代会長: 伊澤 星、瀧 日出雄、高橋茂夫
活動: 総会、研修会、旅行
仏教壮年会
目的 この会は親鸞聖人のみ教えを仰ぎ、壮年の信仰を確立し、教養を高めるとともに、会員相互の親睦をはかり、教法の弘通に資することを目的とする。
仏教壮年会 話し合い法座
話し合い法座
設立 昭和56年4月1日
会員数 45名
主な活動など 歴代会長: 伊澤 星、瀧 日出雄、高橋茂夫、鈴木規雄、吉﨑 宏
活動: 総会、年4回の例会、寺行事の協力・参加
仏教婦人会
目的 本会はお釈迦様のみ教えを受け継がれて、親鸞聖人が明らかにされた本願念仏を人生の拠り所として仰ぐ聞法の集いであり、併せて相互の教養を高め親睦を深めることを目的とする。
仏教婦人会「アートフラワー作り」
アートフラワー作り
設立 平成9年10月7日
会員数 102名
主な活動など 歴代会長: 伊澤 敏、吉﨑町子、高橋邦子
活動: 総会、年四回の例会、研修旅行、寺行事の協力、参加
子どもの集い
目的 お寺が子どもたちにとって、楽しい遊び場であり、仏さまの教えに出会う所であることを願って開くものである。
子どもの集い「おさとりケーキ作り」
おさとりケーキ作り
設立 平成4年9月12日
参加者 20~30名
主な活動など 例会: 毎月第2土曜日の午前9時~11時
内容: お勤め、お話、ゲーム、工作、お菓子作りなど
聖徳太子奉讃会
目的 本会は聖徳太子の御遺徳を讃仰し崇敬信仰するとともに、太子堂を護持し、あわせて会員相互の親睦を計ることを目的とする。
秋季太子講
秋季太子講
設立 太子講:明治29年10月22日
太子講奉讃会:昭和55年10月22日
会員数 88名
主な活動など 歴代会長: 寺田政太郎、岡部金太郎、青木秀次郎、茂木梅太郎、
田中伊子間、小島喜平、山口喜作、神林録郎、田中徹男
活動: 春秋の太子講祭典

お問い合わせ

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アクセス情報・地図

〒375-0024 群馬県藤岡市藤岡1625
群馬藤岡駅より 徒歩:約14分 車:約5分

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